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 今日の夕飯Ⅱです。
・朝炊いた、玄米小豆ご飯が主食です。
・スープは、はじめてきた野菜、ロメインレタスと春雨のスープ。
・甘さ控えめの 金時豆
・韓国風に 野菜を巻いて食べる 焼き肉
・小松菜とあぶらげの煮浸し
 あさも、これくらい食べられるといいんだけど、
忙しくて ばたばたしてるんで、せめて 夕飯だけでもと思っています。  おすすめのお料理や、工夫していることがあったら、教えてくださいね^^

  
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 気候が、サイクリングに適した時期になってきましたね。
久しぶりに、ロードバイクに乗りたくなりました。
  
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 最近、間食が多くなってきたり、玄米ご飯もあまり食べなくなってきてしまった。 最近食べているご飯は、白米4合に玄米1合を合わせたものに、黒米をぱらぱら混ぜたもの・・・

 野菜を多くしなくては、と久しぶりに食事を デジカメで撮ることにしました。 撮るとなると、いつもより自然と品数が多くなります。
 玄米小豆ご飯を冷凍庫から、出して食べました。 また玄米を炊いておかなくては~~明日からも、できるだけ撮ることにします^^

 少しぼけてしまいましたが、一番上のお皿は、わかめです。

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 あと、これにニンジンリンゴジュースをジューサーで作ってごくりと飲み、ら○いっしゅで届いた、なしをパクリでした。
 明日のあさは、届いた野菜で作った野菜スープとお豆を頂きます。
 昨日は、職場の人と横浜の中華街に出かけた。 ここ何年か、泊まりの旅行が続いていたが、今年は日帰りになったそうな。 日帰りにしてくれたのに、行かないのもな~悪いかと思い、行ってきました。中華街に。 

 バイキングのお店で、たべてたべてデザートも半分ずつ食べて食べて・・・
 そのあと赤煉瓦街でウインドーショッピングをしたり、紅茶専門店でおいしい紅茶を頂いてきました。
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 今週はジムに行ってなかったので、帰ってからジムに行ってきました。 少し走って、軽いダンバルで筋トレをしました。オペでリンパ郭清をしましたが、軽いものなら 腕の上げ下ろしのリハビリにもなるし大丈夫そうです。でも念のため 筋トレの前後はたっぷりストレッチをして リンパの流れをよくしています。

 この日は 久しぶりだったので、プールにも行きました。
クロールと平泳ぎと背泳ぎを少し泳いで歩きました。
 これで少しは、カロリーを消費できたかな?
 1月26日乳がん検診の当日、やはりしこりを指摘された。私だって、前日気づいていたんだから、Drにも言われて当然だろう~と思った。 
 7年前に、別の病院で”乳腺炎”と言われエコーをとったことがあるが、異常なしだったことを話すと、「でも、しこりがあるからね~もし良性でも とっておいた方がいいんじゃないの? エコーよりなにより生検が1番確実なんだから!!」と2度ほど真剣な顔で言われた。
 言われてみたらその通り。しかたがない。心配して待っているのは嫌だな~と思い、生検のできる病院を尋ねた。
 「ここの病院でもできますよ!」とのこと。 「それならここで受けます。」とすぐに返事をした。

 マンモグラフィー検査返事をしてから、触診の次の検査、マンモを受けに2階に行った。 技師さんに、先ほどのの触診で、精密検査を受けるように言われたので、後日、ここで生検を受けることを話した。 
 マンモ終了後、生検の日程を決めるための受診の待ち時間に”わたしの2倍はしっかりしている”といつも親が言っている、姉に電話を入れた。 自分の判断が間違っていないか 相談をする。 

 「検診で乳がんの心配があって、精密検査をしたらどうですか?と言われたので、受けようと思う。どこの病院がいいかな?」姉の家の近くの大きな病院も考え中だった。
 姉からは、精密検査は絶対受けた方がいいよ! そこの病院でできたらそこでいいんじゃないの?と言われた。

 帰ってから、気が変わったら キャンセルすればいいんだから、とりあえず予約を入れる。
 生検のオペの予約を相談したさい、「1番早い日時はいつですか?」
ときくと「明日できますよ」と返事をされた。
 手帳を見ると、仕事の調整もしやすく休みが取りやすい日だった。
 勢いで、人ごとのように翌日の生検のオペの予約を入れる。
今日、検診をしてその日のうちに、翌日の生検オペの予約を入れている私。Drもちょっとびっくりしている様子。。(”勧めたのは、私だけれど ほんと明日すぐ受けたんでいいの?”みたいな顔をしていた)
 このときのDrとのやりとりを、思い出すと私は、まるで人ごとのように、”自分は大変なことを決めている”と自分が思う暇もないくらいにすぐに、オペ生検を決めた。本当は怖い、怖いから すぐに決めないと自分で ヤメタ と言ってしまいそうだ。 自分で自分に”やめた”といわないようにきめた。 

Drは簡単そうに言ったが、生検はやはり大変なこと。家に帰り、”自分の選択がこれでいいのか!” 安心するために、もう一人誰かに相談しようと思った。 知り合いの保健所の相談窓口の方はこのような情報に詳しいかな??? 考えた末、義理の妹も保健師だったことを思い出し、夜 電話で相談した。妹は現在は保健師だが、以前はセンターに勤めていたことがある。 はっきりしないのにあまり身内に話したくないと思ったが、このような相談には適していた。

 精密検査として、針生検でなく オペでの生検を明日しようと思っていることを話す。 すると、「針生検をしても刺しどころが悪いと 検査でガン細胞が見つからないことがある。麻酔をしないで、なんども検査をするのは、痛いし、私だったら、麻酔をして検査してもらうな~」と言われた。 そういわれたことで納得して、予約通りのオペを翌日受けることにきめた。

(私の場合は、オペ生検をすぐに受けましたが、針生検を次にするところが多いと思います。。私なりに、考えてそうしましたが、胸に傷も残りますし、よく考え相談して決定してください。 また、ガンの可能性もあるので 生検を受ける場合は、病理検査がしっかり受けられないと困ると思いました。このことは あとで書きます。
 また、マンモをしても確実ではないなとよくわかった。 この時に受けた、乳がん検診の結果は、生検の結果が出る2日前に届いた。 触診の結果ー精密検査の必要あり。 マンモの結果は、しこりがあって、生検予定と言ったにもかかわらず、1週間後に 異常なしで届いたのだから! 

  
  
 平成18年1月25日(水曜日)
例年より受診が遅れていた、婦人ドックの受診前日 念のため自分でもベッドの上で 乳房の触診をしてみた。
 左外側奥になにか、小さい柔らかいしこりのようなものに触れた。
今まではなかったものだ。 以前から乳腺症と言われたことはあったので それかなと思う? でもこのしこりは 以前はなかった。
 念のため、もう1度する。 やはりある。 気のせいではない。

 このときに思ったのは、「例年よりドックの受診日が、今年は遅れている。 Drに精密検査が必要と言われたら、早く事を進めよう! そうしないと命取りになるかもしれない!」ということだった。

 私は7年前、ストレスを普段より感じていた際に、乳がん・子宮癌の精密検査を受けたことがあった。「そして限りなく癌に近い・・」と言われたのだ。そのときは、精密検査結果が出るまでに、1ヶ月近くかかりその1ヶ月の間待っていることが大変辛く、不安がいっぱいだった。 (そのときは、異常なしで終わり、検査を続けて受けるように言われていた) 

 そして7年後のこの時も、その直前に「熱ばかり出している娘のことやその他のことで悩んでいた。頭痛で学校を休みたがる。そして実際 38度ぐらい熱を出してしまう。 こんなことが続いたりして、自分はなんてダメな親なんだろう。」と思ったり、先々のことを考えすぎていた。
 そのしこりを見つける数日前も、娘との会話にこれまでにないぐらい傷ついていた。
 そんなことがあったので、しこりを見つけたときも 「このしこり小さいけど、まずい!」と思った。最近ストレスが強く、自分で”自分の命なんてどうでもいい”と思ってしまったからだった。
 
 後日、癌が確定したときは、「どうしてなんだろう」と言う思いより
自分で自分を病気にしてしまったな~という思いの方が強かった。
 いろんな要因が重なって、発病すると思うけれど、家族には申し訳ないが、自分の気持ちが弱って病気になってしまった部分も大きいと思う。 自分で病気になってしまったからには、今までの弱い自分でいるわけにはいかない。 できるだけ弱気なセリフははかない。
 楽しいことを考える。 前向きに治療に取り組む。そうに決めた。
 
  
 そんな私に、夫は「病院はできるだけ一緒に行こうね!ドライブだと思ってさ」といった。  「しょうがないたまには連れて行ってやるよ!」といいかえした私だった。 
 9月に半年検診をしたので 今回10月はその結果が出ました。
 病院によって検査内容は違うと思いますが、私の行ってる病院は、3ヶ月目は血液検査と触診。半年検診の今回は、血液検査とエコーです。
 前回の血液検査の結果がよかったので 少し油断の日々が続き夏休みも 子どもとアイスクリームをばくばく食べていたので 心配になってきました。
 この気持ちは 「テスト勉強を あまりしないでテストを迎えてしまった子どもの時の気分に似ているな~」この生活習慣でどうだとばかりに自信を持って検査できたらいいのになあ~反省反省


術後半年検診受診そしてゾラデックス6回目 10月17日(火)この日は夫も仕事が休みだったので 一緒に病院に行きました。 予約時間は 9時30分。 前回まで 10時30分に予約してたんですが、1時間は遅れるので 11時30分ぐらいになってました。 血液検査のときなど朝から食べてないと お腹がぺこぺこで気持ち悪くなりそうになったので、9時30分に変更してもらいました。

 どうせ、”30分は遅れるだろう、10時頃かな”と のんきに 9時40分ぐらいについたところ 予約11番で 現在の受診者10番の表示がでています。 でもここでよく 新患の方が入るのですが 今日はすぐに呼ばれ 待ち時間3分診察時間7~8分でした。診察室にはいるとすぐに ゾラデックス! 麻酔も何もせずに打ってますが、最近これ痛いです! 「ギエ イタッ」という私の声と共に終わります。。 (Drには落ち着いているように見られていますが、注射や検査については 痛がりの恐がりなんです。)

 注射後しばらくじっとしていると 先日の検査結果のお話がありました。 「今回の検査では 異常らしきところはありませんでしたね~」
の一言でした。 ”説明がいつものようにあっさりしているな~” コレステロールや腫瘍マーカーについてみたかったので、検査結果をプリントアウトしてもらってきました。 コレステロールは179でした。よかった^^~これからもコレステロールをこれぐらいにキープするようにしたいものだ。 
 抗ガン剤をしなかった私の ”自分で自分にできる積極的な治療”として コレステロールを低く保つ食生活を忘れないようにしたいな
 
 サイボクハム・サイボク温泉に行った 
  通院に2時間以上かかるので、せっかくお休みをとって 病院に行っても帰りは夕方。・・通院のあと楽しいことがあった方が、明るくなって治療のためにもいいのにな~せっかくの通院をもっと楽しくしたいなと思っていました。 その日は早く終わったので、帰宅途中のサイボクハムという牧場に行ってきました^^ ここは産直のお野菜や果物、ミートショップ、レストラン、そして温泉まである大好きなところです。
 カツカレーを食べ 新鮮な野菜と果物をたっぷり買い 温泉にはいって帰ってきました^^

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 4年前に夫は、ギランバレーという病気に突然なりました。
しかし、ネットでこの病気の闘病記などを読むことができて、早期に治療を開始したり、病気について理解できたので、治療効果も上がりました。 いつかこの病気の経験を お知らせできたらな~と考えていました。 急に手足のしびれなどを感じることがありましたら、この病気も疑ってみてください。
腰痛持ちの夫のこと
うちの夫は、若い頃大学のラグビー部で4年間活動していたり、今もサッカーなどを日常的にしているせいか、腰痛持ちです。 9年ほど前は、椎間板ヘルニアが悪化して、杖をついて生活していたほど。あのときはまわりの人に心配されて、いろいろ勧められたけれど、休み休みの生活で何とか奇跡的に持ち直しました。夫は、整体を勧められても絶対行かなかった! なんで行かないのか聞いたら、「痛すぎて、触られたりひねられたりなんてとんでもなかった」そうだ。 今でこそ、こんなふうに書けるが、あの当時は 「こんな体では仕事を続けられないかも?」と出口のないトンネルの中にいるような不安を感じた。
手術をするべきかしないべきか 悩んだが、手術をしないで 月日と共にだんだんよくなった。

ある日突然の手足のしびれーギランバレー
 今から4年前の12月9日(土曜日)のこと、朝起きてくると、「手がなんかしびれるな~」「おかしいな~」と夫。 「いつもあっちがいたい、こっちが痛い」と言っているので、「またか」と思いながらも いつもとは症状が違うみたい・・・病院に行くように話したが、出かけただけで、病院には行かずに 夕方帰宅。
 口で言っただけでは、なかなか病院に行かない。今日連れて行けばよかった!
 翌日曜日12月10日は、仲人をしていただいた方が 亡くなったのでお悔やみに出かけなければなりませんでした。
 Yシャツを、着ようとしてもボタンがなかなかかけられない。いつもと明らかに様子が違う。 車の運転ももちろんできないので、私が運転していった。 ・・・・
 帰宅後、PCで病気→しびれを検索し、予想される病気や症状などをプリントアウトして用意し、翌日に備えた。
 救急病院に夜 行ったとしたら、どこの病院に回されるかわからないので、その日は無理に病院に行かず、翌日朝1番で受診した。
 

翌月曜日は12月11日、その年初めての 雪が朝から降っていた。(今でも「 あの日は初雪が降ったね~」と夫とはなす)

 市内の一般的な総合病院で
整形外科に受診。 (その時点で、歩くのもまっすぐ歩けなくなり肩を貸して歩いた。車いすは夫がいらないと行って使わなかった)受診結果は病名・原因などよくわからないと言われる。 
 病名がわからなくても症状があるのだから帰されるわけにはいかない。病名がわかって治療を開始してもらわなければ帰るわけにはいかない。 

次に同じ病院内の脳外科を受診 MRIの検査をしたが、出血等はおこっていないとのこと。 症状から考えられるのは、「ギランバレーかな」という。そして心配しないように「治療すれば他のものより治る場合も多いからね。」と言ってくれた。 でもなじみのない病名! どんな病気なんだろう?
 治療できる病院は、「遠くの大学病院でもできるが、近くの私立病院にも神経内科があり、そこに他県の県立病院からDrが来ていますよ。」と親切に教えてくれた。すぐ病院に行くなら、会計はあとでいいからといってもらい、紹介状と検査結果をもらい次の病院に直行する。
 素早く次の病院に行けたので、午前中の診療時間内に診察をしてもらえた。
 この私立病院は あまり近所の評判はよくなかったが、このときは、迷わずにいく気になった。

 2番目の病院の神経内科で神経内科に通され、Drに見てもらうと 同じように「両側の手に同じようにしびれがあるのでギランバレーでしょう。ここに入院して治療をはじめますか?」と聞かれた。
 夫はしゃべるのも、大変な様子なので、私がどんどん決める。入院を即決し、家に帰り入院の準備をし、インターネットで”ギランバレー症候群”を検索し、プリントアウトする。 読むと大変な病気だと言うことがよくわかった。闘病記と治療法と副作用のところを特によく読む。
 ギランバレー症候群ー免疫系の病気で原因は完全に解明されていない。症状として、手先・足先が急に動かなくなり、2・3日で動かない部分が体の中央部に向かって進行してくる・・

「パソコンってホントに便利だ!」と強く実感。
 
 入院準備品を持って、病院に戻ると、Drから今後の治療のことを、説明された。 
 治療法ーIVIG療法(免疫グロブリン静脈注射)をしたらどうかと提案された。
 これは、血液製剤の一種を5日間点滴するもの。短所は肝機能障害が起こりやすくなること。 この治療がきかなかったら、次の治療を行いますと言われる。
 IVIG治療費用
 先生からは、「200万円かかりますが、どうしますか?」と聞かれた。 私はその前にネットで調べていたので、「もう2年前に保健適応になっているのでは?とプリントを見せると、「ああ、そうでした!」と見て納得してくれた。保険診療で50万円ぐらいかかり高額療養の申請で後日お金がさらに戻るとのこと。 調べてからでないと治療費にもびっくりして、すぐにはじめられない場合もあるかもしれない。
副作用としての肝機能障害
 調べた中に、「副作用として肝機能障害が起こる可能性がある」とありそのこともしつこく質問する。だが副作用のデメリットよりも病気の進行を食い止めることの方が 優先されるので 副作用を納得して治療開始をOKした。
 入院中
 入院中は、夫の病気のことを考えると、車のなかで一度泣いてしまうこともあった。でも「私が泣いても、どうなるものでもないな!泣いてる暇はないな」とすぐに思う。 仕事の帰りに毎日病院による毎日だったが、家では明るい子どもが、夫の入院のことをあまり気にしていない様子・・・
 ばたばたしているうちに、いつものように”考えてもしょうがないことは考えない” となってしまった。
 一時は 握力があまりになくペットボトルも開けられないで、小学一年の子どもに開けてもらっていたが、早期のIVIGが効いたのかよくなってきた。最後の方は病院周りを散歩できるまでになった。入院期間は10日間だった。 後から考えると 早期に治療が開始できたので、退院も早かったのだと思う。

 退院から現在
 退院後、ちょうど年末年始休暇になりそれにプラスして 休みを取ったが、正式な病休は取らなかった。 夫曰く、「もう家にいるのに飽きた」とのこと・・ わたしは 大変な病気なので きちんと病休を何ヶ月か取った方がいいのではと思ったが、仕事に行きたいと行っていきはじめた。 病気になったとき、早く仕事に行きたがるのは、私も夫も一緒だな~と思った。 退院後、しばらくは飲み薬を処方されましたが、
すぐに無治療になり現在 元気に仕事に行っています。

 ラッキーだったこと
①はじめの総合病院の先生が”ギランバレーかも”とその日のうちに診断してくれたこと。(病名がわからないまま、日が過ぎてしまうこともあるらしい)
②大病院に行かないで、近くの病院で同じ効果の治療を、発症後3日目の夕方にははじめられたこと。 
③2年前に 高額な治療が 保健適応になっていたこと。
 その治療法が有効であると、PCで調べられていたので、その日のうちに治療をOKできた。 高額な治療法なのと、この病気に対しどの治療が有効か理解し納得できないとすぐに治療ははじめられない。
 けれど、この病気も時間との戦いで、早期に治療を開始しなければ体の動かない部分がどんどん広がってしまう。
④プリントアウトした資料を見たことにより、病気についての理解がすすみ、不安でいっぱいだった夫も積極的に治療に取り組めた。

 今は、元気に毎日、仕事に行っています。 こうして書いてみると本当に夫は 運がいいと思います。 「あなたがこれぐらいですんだのは私のおかげと!」と、恩着せがましく言っている、性格の悪い私です。

 今も、不安な気持ちの中で治療に取り組んでいる人がいると思います。 先のことを考えると不安になると思いますが、あきらめないであきらめないで治療に取り組んでくださいね。 1日も早くよくなることを祈っています! 
 
 局所麻酔での生検の結果、病気がはっきりしたとき、Drはどこにでも紹介しますよ。と言ってくれた。 大学病院でもがんセンターでも都内の病院がよければどこでもと・・・
 でもその前の検査時は「がんじゃないな~これは^^」なんて言われながら オペが終わっていたのと、2日前に、その病院の検診結果が来ていて、マンモグラフィーの結果が"異常なし”できていたので、びっくりしてしまった。                         まだ「癌の可能性も否定できない」ぐらい言ってくれれば、事前学習できたのにな~
 
 検査をしてくれたDrは、わたしが「マンモでもわからないモンなんですね! 」といったので 「癌とはっきりしたんだから、1週間も2週間もほっておかないで すぐにでも病院に行くように。見つかってよかったと思って」とあせったように早口で言う。「なんなら、いま書こうか! 知ってる教授のいる 大学病院に・・・」

 わたしは、「今日は抜糸だけのつもりできたので、すぐには決められないし、夫とも相談しなくては・・」といって帰ってきた。 2日後には決定する約束で。
 
 私は20年前ぐらいから 生き方や本が大好きで、千葉敦子さんの乳がん関係の本を読んでいた。 「病院選びは大事・・」と、今まで読んだ癌患者さんの闘病記には書いてあったし。 2日間で病院を決めるのは大変なことだった。 仕事にいきながら、家でネットを使って病気のことや病院関係のことを調べたり、知り合いの人にも相談をした。 

 2日後、検査をしてくれたDrのところに再受診した。 わたしは、「紹介状を2通書いてもらえませんか?」と話した。 紹介されたところに行って、その先生の説明が納得できなかったり、長い治療になるのに、相性が悪かったら すぐに 翌日にでも別の病院に受診しようと思ったからだった。 予約は2カ所取っておこうと思っていた。
 Drは 「それはできないな~」という表情。 「紹介された病院に行って、その先生と合わない場合、次の病院の先生の紹介状は だれが書いてくれるんでしょう? またここの病院に来て、紹介状をお願いして書いてもらうんでしょうか?」と質問してみた。 本当に私にとっては 素朴な質問だった。  そんなことをしていたら、治療開始が遅くなってしまうのにな~?と。 

 結局先生には、診察時に1通教授の名前入りのものを書いてもらったが、家に帰ってから不安になり、「病院を変えたいので、センター宛に書いてほしい。」と電話をした。 なんとかやっともう1通宛名無記名のものを書いてくれた。 名前入りの紹介状は、その病院に行かなかったので使わなかったが 宛名無記名のものはセンター受診の際に使った。(先生によっては、「宛名無記名のものは書けない」という方や受け取る先生の方も「宛名なしでは困る」という方もいるようです。) 
 センターの予約は1週間後! その前に行っておきたい病院にも行ってみることにする。 聖○加病院に2日後、電車を乗り継いでいってみた。(ここでは紹介状を使わなかった) ここで今の受診でオペはどのぐらい先になるか受付の人に聞くと、2ヶ月後という返事・・・これならセンターの方が早いかも。 そして電車を乗り継いでの病院までの道のりが大変なのがよくわかった。 この時点で 義理の妹が以前つとめていた センターに決めた。
 病気って 予告もなく突然なるものだな~ 月曜日に癌と告知され、水曜日にはセンターの予約の電話を入れ、金曜には以前から関心のあった  聖○加病院に視察をかねて見学に行った。 病気になると決めなければいけないことが多くて、忙しいー!
 聖○加病院に行った日は、診察してもらわずに帰りましたが、せっかくだったので、病院内見学をしてかえりました^^ 

 家の近くに、休耕田を使った 棚田のコスモス畑があります。 ハイキングがてら見に来る人も多いみたい。 先週自転車で行って、コスモスを楽しんできました。
 

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 今年は、中学校のPTAの地区役員もあたっていたり、仕事の合間に面談に行ったり、バザーのお手伝いもありイベント続きです。
 病気になってからの方が、予定がいっぱい。
 
 先週は疲れもたまっていたので、誘われていた飲み会もことわろうと思ってましたが、思い切って参加!
  韓国料理のお店に行ってきました。(行った人は以前韓国旅行もしたメンバー) 焼き肉にサンチェを巻いて食べる食べる・・飲む飲む(ウーロン茶)チジミも食べる食べる!チジミは韓国風お好み焼きのようなものです。
 韓国に行ったとき、屋台で食べましたが、それより油っぽくなく具もいっぱい入っていてとってもマシッソ(おいしい)でした。
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 その後は、カラオケにGO。 一緒に行った人は、歌がものすごくうまい人たちで、今まであまり歌ったことがなかった私です。
 しかし、韓国語の歌を、毎日聞いているうちに、「歌ってみたいな~~」という気になり、探してみるとありました。ありました。私がハングルで歌えるのが^^  うまいかへたかは関係なく、歌ってきました。
 チョソンモさんの「パリの恋人」の曲から「ノエキョトロ」「Mr Flower」 「 カシナム(茨)」 冬ソナの「チョウムブットチグムッカジ(はじめから今まで)」 みんながしゃべっていて聞いてないのをいいことに、5曲。  これから忘年会のシーズンに向けて、「雪の華」も練習しておかなくては^^

 そして今週は 2ヶ月ぶりの放射線科受診もありました。 前回、術側の脇腹に筋のようなものが出ていたので話したのですが、よくあることだそうで、「いじらないようにしたら治りました。」と報告。
 次回の放射線科受診は、3ヶ月後になりました。
 この病院に通院するのは、帰りにお気に入りの公園によれるので大好き! この日も帰りに寄ってみました。
 私が放射線治療で通っていたのは、5・6月の新緑のすばらしい時期でした。 4ヶ月ぶりの公園は すっかり秋に衣替えしていました。(当たり前)ポピー畑に行ってみると、これからコスモスがいっぱいになるところでした。

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 何が起ころうと、季節はゆっくり変わっている。 黙っていても何もしなくても時間は過ぎていくんだな~ あの治療に通った日から季節は移ってもう秋になった。 放射線治療で少し疲れていた私は、新緑の木々からたくさんたくさん癒された。 公園の木々もこれから冬の間少し休んで、また来年の春、新緑を見せてくれるだろう。楽しみに待っている^^

 今日のハングル(冬ソナの曲から)ー今練習中の曲です

ネガ キョテ  オプソド イッチマラヨ
僕が そばにいなくても 忘れないで

チョウンド ト チグンド ナエ サランウン
初めてもそして 今も  僕の愛は

カカイ インヌンデド モルリ インネヨ
近くにいるのに   遠くにあるんだ
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